2006年08月11日

虐殺のリアリティ

ザ・スクープ 終戦61年目の真実〜昭和史の“タブー”に迫る
日本の原爆開発の話と、九大でアメリカ人捕虜を生体解剖した事件の話。
まぁ科学者・医者の責任とかそういうことも重要だと思うんだけど、でもまぁ僕がそんな軍事転用されるような最先端技術や、人の命に関わる人間になるとは全く考えにくいので、それはそんなに興味が及ばなかった(そういう最先端の技術開発や、人の命を助けることを目指す、えりぃとな人ならそこら辺の話もよーく心に留めておくべきだと思うけどね)。
それより気になったのが、原爆開発のところで出てきた、1944年8月の『新青年』という雑誌に載った、理研の科学者がサンフランシスコに原爆を落とし、市民40万人を殺すという小説。まぁこれが当時どんな印象で人々に受容されたのかは分からないけど、少なくとも分かることは、少なくとも当時の一般的な人々が、そういう大量虐殺を日本側が加害者としてするということに対し、それほど拒否感をもっていなかったということ。
Wikipediaの説明によればその当時日本にはまだ無差別爆撃は来てなかった(間違いだったら教えてくれると嬉しいです)そうで、つまりまだ本土の一般人に対する大量虐殺ということはリアリティをもっていなかったのかもしれないけど、逆に言えば、報復という意図(要するに、大量虐殺されたからこっちもしようという意図)でなくてもこういう大量虐殺を行うことが肯定される、そういう空気が広まっていた。
僕は実証的な歴史研究をやることは得意ではないので、南京大虐殺が具体的に何人であるかとかそういうことには口出しはしない(ただ、南京で虐殺が起きなかったなんてのはさすがに僕でも否定出来るし、例え南京大虐殺が起きなかったとしても、中国大陸で日本軍が中国の人を少なくとも数百万以上殺していることは、どうしたって明らかだ)けど、でも「例え日本軍が敵国の大都市で数十万単位の虐殺を起こすとしても、それを容認する空気が日本本土にあった」ということは、いえる。そこのところを忘れたら、どんなに自分たちの被害を語っても、その被害にリアリティは持ち得ないし、何も教訓足り得ないだろう(もちろん、歴史をただ教訓としてのみ語るだけでも、いけないとは思うけど)。


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posted by rokatan at 06:22| 静岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 短文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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